矯正的挺出

1.歯肉縁下カリエス

 2014年2月初診,56歳の女性.右下7のカリエスが歯肉縁下まで進行していた.歯肉縁上歯質がないため,メタルコアの維持のみでクラウンを製作しても直ぐに脱落するのは明らかである.そこで,右下7の遠心に矯正用のミニインプラントを植立し,これを固定源に利用することで,右下7の矯正的挺出を行うことにした.14年3月に開始し,5月に終了した.その後,歯冠長延長術を行い,歯肉縁上歯質を確保した.この際,付着歯肉の減少を防ぐために,右下7の近心に縦切開を加え,歯肉を根尖側に移動した.暫く暫間被覆冠で経過を観察し,10月,クラウンを装着した.
 歯根が短くなったために,歯の動揺が少し生じたが,相当固いものを食べなければ問題はないとのこと.動揺が大きく,食事を満足にとれない場合は右下6との連結固定が必要となるが,右下6の歯質の削去および連結により清掃性が不良になりやすい等の問題が生じるため,なるべく1次固定による連結は避けたいと思っている.

2.歯冠破折

 2012年4月初診,79歳の女性.右上3が折れたとのことで来院.歯冠部の歯質はないが,デンタルX線写真から歯根には十分な長さの歯質がある.もし抜歯となりブリッジを製作するとなれば,右上⑥5④の既存ブリッジを作り直すことになるし,ほぼ健全歯である右上1を切削する必要が生じる.このような大掛かりな治療を行わず,右上3の保存に努めるべきである.そこで,4月に矯正的挺出を開始し,6月に終了した.その後歯冠長延長術を行い,歯肉縁上歯質を確保した.暫く経過をみて特に問題が生じなかったので,13年1月にメタルボンド冠を装着した.

3.歯根破折

 2016年6月初診,51歳の女性.左上1が動いて痛いとのことで来院.硬質レジン前装冠を除去してみると,歯根に破折線がみられた(赤矢印).デンタルX線写真からも,透過像が認められた(緑矢印).そこで,16年6月矯正的挺出を開始し,破折部を歯肉縁上に引っ張り出すことにした.8月に,挺出が終了.その後,歯冠長延長術を行い,歯肉縁上歯質を確保した.歯肉が安定するのを待って,12月,硬質レジン前装冠を装着した.

4.歯周病

 2012年1月初診,58歳の男性.左上2に7mmの歯周ポケットが認められ,またデンタルX線写真から垂直性の骨欠損がみられた.通常は連結されている冠を外し,自然挺出を行うのが望ましいが,早期の治療を望まれたため,12年1月,矯正的挺出を開始し,6月終了した.9月に硬質レジン前装冠を装着した.なお,左上2の動揺が想像していたより少なかったので,清掃性を配慮し単独冠にした.装着後のデンタルX線写真から,おおむね歯槽骨の平坦化が確認できた.
 しかし17年6月の時点で,左上2の歯周ポケットは3mm以下であるが,動揺が大きくなってしまったので,左上1とスーパーボンドで固定した.最初から連結固定するべきであったと反省している.


5.古屋歯科クリニックにおける矯正的挺出の術式

1. 矯正的挺出に使用する主な材料,器具を(A)に示す.用いるのは,クラスプ線,ピッグ・テール,Clear Power Thread®25およびその切断に使用するピンカッター.なお,ピッグ・テールを製作するために歯科矯正用の結紮線,持針器,探針が必要となる.
2. 矯正的挺出を行いたい歯の前後2本ずつ(実際は,症例によって適宜対応)を固定源の目安にしている.固定に使用するワイヤーは直径1mmのクラスプ線.印象採得し,模型上でワイヤーを屈曲しておく.この際,ワイヤーが対合歯にあたらないように注意している.ワイヤーは『スーパーボンド』にて歯に接着する.
3. ピッグ・テールは(B)に示すように,探針に歯科矯正用の結紮線を持針器で巻き付け,自作している.当クリニックでは,あらかじめ沢山のピッグ・テールを用意している(C).
4. 残根にピッグ・テールを『ハイ-ボンド テンポラリーセメント ハード』を用いて付ける.
5. ワイヤーとピッグ・テールとをClear Power Thread®25で結ぶ.この際Clear Power Thread®25を15〜20cmにカットし,かなり引っ張り上げた状態で結ぶとよい.
6. Clear Power Thread®25は2週間に1回の頻度で交換する.