18.咬合挙上しないで補綴した症例

 2016年5月初診,67歳女性.主訴は,左下の歯が取れたので治して欲しい.悪いところは治して欲しいが,予算のことも相談したい.歯医者が怖くて,治療に来るのが嫌だったとのこと.
 口腔内およびパノラマX線写真をみて,治療方針をどうするか悩んだ.歯周ポケットは,左上6に最大6mm,左下6に最大5mm認められたが,その他は問題なかった.簡単な歯周治療後,まず右上の即時義歯を製作し,歯根破折している右上4および残根状態になっている右上7の抜去と同時に装着した.
 上下顎前歯が咬合しているので,咬合高径を挙げる処置を行ってはいけない.しかし左側に,補綴するスペースが存在しない.また,残根状の左下4,5を保存できるかどうか迷った.
 最終的には,まず感染根管治療を施し,歯冠長延長術を行って歯肉縁上歯質を確保し,歯根が短くなった分は連結固定で補うという設計方針を立案した.また1次固定では,歯の清掃がしにくいこと,将来の変化に対応しにくいことから,2次固定を採用することにした.

 2018年4月,初診終了時の状態.右上については,即時義歯のままでも構わないが,咬合高径がない分,支台装置をくるむレジン量が少ないことが危惧された.そこで,義歯の破折を予防するために,さらに強固な義歯に作り換えた.(咀嚼の中心は左側のため,右側の義歯の破折は生じにくい.少々オーバートリートメントの感は拭えない.)

 義歯を装着した状態.上下左側の個々の歯は当初条件が悪かったが,連結固定したことで咬合・咀嚼力に対応でき,また左側の咬合支持を強固に得られたことは,今後の経過によい影響を及ぼすであろうと期待している.ただ,左側の偏咀嚼および咬み過ぎによる歯根破折の問題もあるので,意識して右側でも咀嚼して貰うこと,また,あまり硬いものを左側で咬まないようにお願いしている.

 初診終了後2年5ヵ月(2020年9月)の状態.パノラマX線写真から,左上6の根尖透過像に改善傾向はみられないが,その他は特に問題ない.歯周ポケットも,すべて3mm以下であった.

 初診終了後2年5ヵ月(2020年9月)の側方面観.左下5の近心の歯肉に炎症がみられる.同部のブラッシングの徹底を指導した.
 咬合高径を上げずに補綴治療することができ,今のところ順調と思われる.