歯を削らない
1.歯を削らない
症例1 2016年2月,再初診の19歳女性.歯科矯正科からの紹介で,先欠である右上2の補綴希望.全くの健全歯である両隣在歯を削去するのはもったいないので,人工歯をスーパーボンドで付けただけ.ここで物を咬めば,直ぐに外れてしまうが,患者さん自身に注意していただければ,案外外れない.
症例2 2009年6月再初診,17歳の男性.04年に外傷をうけた左上1が脱落してしまった.舌側は義歯床で覆うことになるが,ここだけの人工歯を用いた義歯を装着した.
症例3 2013年5月,左下⑤6⑦のブリッジを製作するにあたって,左下5は全く形成しなかった.失活歯である左下7には,近心にキーウェイを付与したクラウンを装着した.左下6のポンティックは,左下7近心のキー部分と左下5に接着性のセメントで合着されたインレーと一体になっている.16年10月,スライド右端にあるように外れてきたが,また再合着した.このように,最初から外れてくるのを見越して設計を行うのも,一つの考え方だと思う.なお,この治療法は神奈川県で開業しているN先生に以前教えていただいた方法である.
症例4 右下ブリッジは2005年2月に当院で装着した.審美的理由,またなるべく歯を削りたくない気持ちから,必要最低限の切削を行ってきた.しかし,様々な患者さんの経過を観察すると,この方法はブリッジを維持する力が弱く,将来セメントが外れやすいという欠点がある.特に咬合力の強い人は危険である.両側のセメントが同時に外れてくれれば,ブリッジ自体が外れるので直ぐに分かる.しかし,片方だけが外れた場合は,その歯に問題が生じるまで分からないことが多い.特に有髄歯で痛くなるまで気が付かないことが多々ある.そして歯の抜髄へと進行してしまう.したがって最近では,目をつぶってフルクラウンのブリッジにするか,あるいは他の方法を用いることが多い.
15年11月,左上の大臼歯部に義歯を装着した時点で,上下に大臼歯の存在する右側で咀嚼する比率が高くなるので,そろそろ右下のブリッジが外れてくるのではないかと懸念していた.実際,17年1月に右下5の片側脱離を確認した.右下5の遠心で金属を切断し,右下5の修復物(インレー)は,レスト座および遠心に軸面を付与した後にもう一度合着した.
患者さんは,もう一回固定式のブリッジを希望した.今回も右下5をこれ以上削去したくない,また上にも述べたが,左上に義歯が入ったので,右側の力の負担が大きい等の理由で,可撤式の義歯にさせていただいた.なお,義歯の人工歯は今までのポンティックを再利用している.その後,特に問題ないとのことである.
2.支台歯を削去しない可撤式ブリッジ(1)
2000年初診の22歳男性.14年3月,右下第2乳臼歯に痛みが出て来院.感染根管治療を施したが治癒せず,まず近心根を抜去した.遠心根のみで様子をみたが,咬むと痛みが出たためやむを得ず抜歯した.右下の補綴処置は,ブリッジ,インプラント,移植,義歯が考えられる.ブリッジは,右下6および健全歯である右下4の削去が必要となる.インプラントでも問題ないと思われるが費用が高く,また将来の予後が少し心配である.移植は,ドナー歯がないので無理.一方,クラスプを用いた義歯であれば,安価で,機能的にはまったく問題ないが,右下4にかかるクラスプの審美性が気になる.
そこで今回は,右下6を削去し可撤式ブリッジ(コーヌス義歯)を装着し,右下4のクラスプは前から見えない範囲までとした.右下6の切削はもったいないが,少なくとも有髄歯のままであることを最重要視した.タイトルに支台歯を削去しない可撤式ブリッジと書いたが,あくまでも右下4に限ってのことである.もし,右下6が修復されていない全くの健全歯であったならば,どのような設計にするか本当に悩むであろう.
3.支台歯を削去しない可撤式ブリッジ(2)
2000年初診,48歳女性.15年11月,左上3にフィステルが認められた.左上3の電気歯髄診断を行ったところ反応がなかったため,感染根管治療を行おうとした.しかし,髄室開拡時に痛みを訴えたため,左上3は有髄歯であり,フィステルの原因は他の歯であると診断した.よく観察すると左上4の頰側に10mmの歯周ポケットがあり,原因歯はこの歯であり,歯根破折を疑った.一応再植することもありうるという前提で抜歯したが,実際,歯根に破折線が認められた.
さて,通常は左上③4⑥のブリッジが考えられるが(左上5は歯科矯正のため抜歯したとのこと),左上3がほぼ健全歯であることから,切削を行わないですむ可撤式ブリッジ(コーヌス義歯)を装着することにした.なお,左上6にはすでにクラウンが装着されており,切削を躊躇する必要はなかった.また,可撤式ブリッジの維持は左上6のコーヌス冠のみで発揮されている.左上4部にインプラントを勧める歯科医師は多いと思うが,安全面,清掃性,費用等の面から私はこちらの方に分があると思っている.