8.13年および6年経過の移植症例
2004年5月初診,54歳男性.主訴は右下6が腫れて痛い.近心根は歯根破折しており保存不可能であるが,遠心根は保存できる.しかしこの時は,右上8に歯根形態の良いドナー歯があることから,遠心根も抜去し,移植を選択した(04年9月).12月にクラウンを装着した.
2007年4月,右上5がコアごと脱離した.念のため感染根管処置を行ったが,根尖まで穿通することはできなかった.7月にメタルボンド冠を装着した.しかし,何と8月に歯根破折してしまった.ここで本来は矯正的挺出を行うが,根尖に不安があったのでこの時は再植を選択した.実際,根尖付近に私が開けてしまったのか人工的穿孔が認められた.08年2月,再度メタルボンド冠を装着した.
2011年1月,左上6にフィステルが生じた.この原因は近心頰側根の根尖病巣が考えられるが,口蓋根に9mmの歯周ポケットが出現したことから,同根に歯根破折が生じている可能性が高いと診断した.そこで,右下8をドナー歯として左上6部に移植する計画を立てた.なお,右下8の歯根のサイズのほうが左上6のそれより大きかったので,抜歯予定の左上6を固定源にして,左上7を遠心に少し移動させた.11年5月に抜歯し,6月に移植を行った.なお,右下8を抜歯しやすいように,事前に挺出力を加えておいた.また抜歯時,左上6は上顎洞の穿孔が認められた.
移植に際しては,ドナー歯を90°回転し何とか抜歯窩に収めたが,頰側には歯槽骨が存在しなかった.この時は,歯根と歯肉弁との間に補塡材は用いず,血餅のみのまま縫合した.移植後,9月の時点で歯周ポケットは3mm以下となり,12月に硬質レジン前装冠を装着した.頰側の歯槽骨は歯根の半分ぐらいしか回復していないが,歯槽骨の上に結合組織性の付着が得られていれば,幸いである.
2014年11月,07年に再植した右上5の動揺が著しくなり,保存不可能となった.11年12月のデンタルX線写真からみてとれるように,炎症性吸収像がみられたが,それが3年かけて拡大してしまった.穿孔部の封鎖がよくなかったことが原因と思われるが,稚拙な手技に反省する次第である.
右上5の補綴に関しては,右上4がバージントゥースであることから,切削せず,右上6にコーヌス冠を用いた可撤式のブリッジを製作した.
2015年6月,間違って箸を強く咬んでしまったことで,右上1に歯冠破折が生じ,7月にメタルボンド冠を装着した.
17年6月,左上5に歯根破折が生じた.左側も左上4がバージントゥースであることから,左上6(移植歯)にコーヌス冠を用いた可撤式のブリッジを装着した.
2018年1月の状態.右下6は移植後13年,左上6は移植後6年経過している.特に左上6は,移植時頰側に全く歯槽骨がなかったので大変心配したが,今のところ順調に経過している.本当に,歯根膜の凄さに今更ながら驚かされる.
2018年1月,可撤式ブリッジ装着時の状態.04年5月の初診時から合計4本歯根破折を起こしている.当然すべて無髄歯であることから,やはり抜髄しないことが大切である.当然,移植歯も無髄歯であるから決して安心はできない.しかし,患者さんは今年定年を迎え,仕事中のTCHも減ることから,この先は安定するのではないかと期待している.
20年8月現在,順調に経過している.