7.保存不可能と思われる歯を再利用し、咬合支持歯を確保

 2015年11月初診,46歳女性.主訴は,上顎前歯の審美障害と義歯を装着したいとのこと.パノラマX線写真から咬合支持は少ない.その内の左下6は歯根破折しており,いよいよ咬むところがなくなり,切羽詰まり歯科を受診する気になった症例である.なお,左上1が反対咬合であるが,下顎前歯と緊密に咬合していることが救いであった.治療を進めるうえで,ここの咬合が拠り所になるので,この関係を絶対に壊さないように心掛けた.

 まず,2015年12月,上顎に審美回復のための暫間義歯を装着した.つぎに,当初は抜去するつもりで残根状の右下5,6を抜歯したが,歯根の形態が案外良かったので,右下5および右下6の遠心根を再植した.この際,歯肉縁上歯質が得られるように浅めに植立した.

 左下6の遠心根は,咬合支持歯の無髄歯によくみられる歯根破折が生じていた.しかし歯周ポケットが6mmであることから,破折部位以下の歯根は再利用できると判断した.そこでまず,ドナー歯の抜歯を行い易くするために矯正的挺出を施した.ドナー歯に動揺が出てきたところで,歯根分割し,それぞれを右下に移植した.(2016年4月) 分割の際,遠心根の分割面の切断位置が深くなってしまい,その分歯根膜量が減少してしまった.遠心根は分割面を頰側に位置づけ,一番奥の位置に移植した.
 続いて,対合歯のない左下8を左下6部に移植した.(16年5月) 受容側は抜歯後1ヵ月であるため,この移植は行いやすい.

 下顎が落ち着いたところで,2016年6月,上顎残根状の右上1,3,5および左上3の矯正的挺出を開始した.なお,左上5,7は保存不可能で抜去した.16年8月,歯冠長延長術を施し,歯肉縁上歯質を確保した.
 スライド中,下段は17年1月の状態であるが,すべての基礎治療が終了した.ここから,最終補綴装置の製作に取りかかった.

 2018年1月,すべての治療が終了した.左上3はブリッジの支台歯となるには歯の条件が悪いため,根面板を装着し,歯に側方力が加わらないように配慮した.その結果,左上は可撤式ブリッジ(コーヌス義歯)を装着することにした.再植および移植された右下については,連結固定してはじめて機能するが,支台歯の清掃性の向上および将来の変化に配慮し,可撤式の連続冠(コーヌス冠)を装着した.

 初診終了時,義歯装着時の状態.治療期間は初診より2年2ヵ月費やしてしまった.患者さんに元々歯周病はなく,仕事の忙しさにかまけてう蝕を放置しただけなので,歯の健康に対する意識が芽生えれば,この先もこの状態が維持できるのではないかと期待している.

 初診時および初診終了時のデンタルX線写真の比較.単純に抜歯してインプラントあるいは義歯を装着するより,「もったいない」精神にのっとり天然歯をできるだけ保存して,もう一度利用する治療のほうが好ましいと考えている.
 2020年4月現在,良好に経過している.