25.根面アタッチメント辺縁歯肉の開放(4)

 1990年6月初診,36歳男性.入れ歯を作って欲しいが主訴.36歳の口腔内としては,お気の毒な状況であった.右上3を欠如しているのはリスクファクターであるものの,右上4,5が残存していることから,口腔内全体の残存歯の配置は悪くない.右下の顎堤はひも状に吸収しているが,右下8があるのが救いである.ただ,対合歯のない歯が挺出していたため,咬合平面を揃えるのが大変そうである.

 1991年6月,初診終了時の状態.今の自分の技量ならば,上顎のアタッチメントを装着した支台歯については,歯冠長延長術を行ったうえで,クラウンを装着しクラスプ義歯にするか,あるいはコーヌス義歯にすると思われる.しかしこの当時は,外科手術を行わずに手短に装着できる,根面アタッチメントを応用した義歯を装着することが多々あった.この症例も,治療期間を短縮したいがためにアタッチメント(Baer stepped anchor)を使用してしまった.また,上顎アタッチメントを義歯床で被覆してしまい,辺縁歯肉の開放を行わなかった.
 一方今考えるに,下顎の智歯は最後の砦となる可能性が大きいことから,もっと大切に考える必要があるが,当時は智歯に対する考え方が甘かった.下顎智歯が挺出していたとはいえ,義歯の咬合平面を揃えるために,抜髄・残根状にしてしまったことはあまりに忍びない.確かに挺出していることで,上顎の義歯床の破折を引き起こす可能性が高いが,少なくとも抜髄だけは何とか避けるべきであった.

 2021年2月,初診終了後29年8ヵ月の状態.私の拙い治療に反して,予後は驚くほど良好である.初診終了から約30年間,1本も歯を失っていない.もっと言えば,初診から当院では歯を1本も抜いていない.
 特に右上4,5のフィメールをくるむレジンの量が少ないにもかかわらず,同部の破損が生じないことから,咬合・咀嚼力はそんなに強くないと考えられる.このことが長期安定に繋がったと理解している.
 根面アタッチメントおよび智歯に対する考え方等,反省点は多々あるが,根面アタッチメント辺縁歯肉の開放を行わなかったにもかかわらず,根面カリエスになりにくい症例もあるのだと教えていただいた.誤解を招くといけないが,だからといって,辺縁歯肉を義歯床で被覆してもよいと述べているのではなく,可能な限り開放にもっていくほうが望ましい.

 参考症例 1994年10月初診,70歳の女性.上顎の右上6,7に2次カリエスが認められた.今なら,抜歯して上顎に総義歯を製作する治療法を提案できるが,当時はそのような考えは全くなく,総義歯に移行する前段階としてBaer stepped anchorアタッチメントを装着した.この症例も根面アタッチメント辺縁歯肉の開放は行っていない.
 スライド左の上下は,96年10月の状態であるが,プラークがべっとりと付着していた.右上は,97年5月の状態であるが,同様である.患者さんは,パーキンソン病を患っており,なかなか上手くブラッシングができない状況であった.右下は,2000年5月の状態であるが,この時点においてもアタッチメントの支台歯に根面カリエスや歯周病が認められなかった.このように,プラークコントロールができなくても,う蝕や歯周病に罹患しない患者さんもいる.すなわちプラークの病原性と生体の防御反応には個体差があるのも事実である.勿論この患者さんはとても希有な症例であり,大多数の人にプラークコントロールが大切であることは言うまでもない.