12.移植歯が偏咀嚼主機能歯の場合(症例3)

 2014年9月初診,72歳男性.主訴は,左上7が他院で抜歯と言われたが,何とか残してほしいとのこと.右上6は口蓋根がヘミセクションされており,また右上5,7を喪失していた.一応義歯が装着されているが,この患者さんは左側で主に咀嚼しており,その結果左上7の歯根破折に至ったと推測した.確かに左上7は残根状で保存する価値があるかどうか迷ったが,とりあえず歯周基本治療を行い,まずは信頼関係の構築に努めた.

 最終的には右側の咬合支持を増すために,右下8を右上7部に,左上7の口蓋根を右上5部へ移植することにした.なお右下8に挻出力を加え,歯根膜を傷つけずに抜歯しやすいように工夫した.2015年3月に移植を行った.なお,移植された右上7が咬合平面より大分低位に位置してしまったため,6月5日に矯正的挻出を施し,7月22日に終了した.

 移植の術前,術後と患者さんは左側咬みを余儀なくされたため,2015年8月,左側の咬合支持歯である,左下5に歯根破折が生じてしまった.そこで左下7にコーヌス冠,健全歯である左下4にはクラスプを用いた義歯を製作した.
 左上7の頰側根は,16年1月に歯冠長延長術を施し,歯肉縁上歯質を確保したうえで保存することにした.単独植立は歯が動揺して無理なため連結固定が必要になるが,清掃性も配慮しコーヌス義歯を選択した.将来,左上7を失うことがあったとしても,同部に義歯床を足すだけですむように,左上5にクラスプを付与した.

 2016年7月,初診終了時の状態.右上7(移植歯)の歯周ポケットは最大5mmの値を示した.左上1は初診時より最大9mmの歯周ポケットがみられたが,歯周基本治療以外,特に治療を施していない.その他の残存歯に問題はみられなかった.なお,初診終了時の残存歯の分布から右側が習慣性咀嚼側になることが予想できる.

 2016年7月,初診終了時の状態.上顎に関しては,1次固定で対応する先生が多いと思われるが,清掃性および将来生じる変化への対応等を優先し可撤式による2次固定を選択した.

 まず右上7(移植歯)に関しては,2016年12月の時点で歯周ポケットが遠心舌側に7mm認められた.17年5月には10mmになってしまったため,コーヌス内冠を外し,SRPを行うことにした.しかし,術中に歯が脱落してしまった.私の治療の拙さによることは間違いないが,それにしても大きなショックを受けた.一つ言い訳になるが,やはり,この歯が偏咀嚼主機能歯になってしまったことが早期脱落に影響を及ぼしているのではないかと考えている.
 さらに右下1は,スライドにはないが16年4月にセメント質剝離を起こし,自発痛が生じたので抜髄した.また,17年7月にトウモロコシを食べたら歯がグラグラになってしまったとのこと.スーパーボンドで固定したが,またトウモロコシで外れてしまったため,今度は隣在歯と1次固定した.
 左上1は歯周ポケットが最大8mm認められるが,特に変化がみられない.

 2020年3月の状態.特に変化がみられない.歯周ポケットが9〜10mmある左上1および右下1の歯根のみの抜去を10月に行った.

 以上3症例,移植歯が偏咀嚼主機能歯(咀嚼の中心)となった症例の顛末を述べた.移植歯単独(症例2)でなく,連結固定(2次固定)された場合(症例1,3)でも予後が悪かったことに対し,かなりショックを受けた.確かに移植歯でなくとも咬合力が強い人の偏咀嚼主機能歯は,歯周病が増悪し,あるいは無髄歯であれば歯根破折が生じ易い.ましてや,受圧・加圧要素の改変のために移植術を施す際に,移植歯が偏咀嚼主機能歯となる場合は,連結固定したとしても予後が悪くなる可能性が高いと言わざるを得ない.
 反対に,「歯の移植 5.移植することで片側処理の可撤式ブリッジで対応」のケースのように移植された左上7の歯が咀嚼の中心とならない場合,予後が良い。(しかし,この症例では咀嚼側である右側の歯にその後トラブルが続発している.)
 ただ今回の3症例はすべて上顎に移植された症例であることから,下顎に移植される場合は違う展開があるのかもしれない.