歯の移植

1. 幼若永久歯の移植(1)

 2001年初診,当時10歳男の子.今回は09年11月再初診,18歳.右下第2乳臼歯の動揺で来院.まず乳歯を抜歯した.全くの健全歯である隣在歯を形成してブリッジを装着するのではなく,移植するドナー歯がないか良く観察することが大切である.この症例では,デンタルX線写真から右上8が存在したので,この歯を移植することにした.根尖孔の幅が1mm以上ある幼若永久歯の移植の場合,歯髄が保存され,歯根が成長し,根尖孔が閉鎖することが知られている.
 10年2月に移植を行った.半年後の8月には歯槽骨内の歯根が長くなっていることが確認できる.なお,9月にコンポジットレジンを用いて,咬合を回復した.近心は歯の形態が悪くなるので,特にコンタクトの回復を行わなかった.
 12年6月および17年7月の経過を示すが,歯髄腔がさらに消失していくがみてとれる.歯の変色は気になるが,電気歯髄反応はプラスであることから歯髄は生きていると思われる.
 生体の治癒力に大変驚かされた症例である.これには,インプラントはかなわない.

2. 幼若永久歯の移植(2)

 2016年11月初診,19歳の男性.左上6の疼痛にて来院.また,以前より左下第2乳臼歯から出血と排膿があるとのこと.左下第2乳臼歯は保存不可能な状態であった.抜歯後の処置を検討する際,移植できる歯がないか確認したところ,デンタルX線写真から埋伏している左上8がドナー歯になると思われた.しかも,根尖孔の幅が1mm以上ある幼若永久歯であることから,歯髄が生きたまま,歯根が成長して完成することが期待できる.
 17年2月に移植を行った.術後3ヵ月後の5月,さらに8月にかけて歯根周囲に骨が形成され,歯髄腔も消失傾向にあり経過良好にみえる.しかし,8月の時点で電気歯髄反応はマイナスであり,根管治療に踏み切ったほうが良いか悩んだ.ここでは,歯髄腔は縮小傾向にあり,かつ根尖も伸張してきているので,このまま経過をみることにした.さらに3ヵ月後の11月,ようやく電気歯髄反応がプラスとなり,歯髄が生きていることが確認できた.
 通常であれば歯髄腔の消失と知覚反応は一致して現れてくると言われているが,今回のように遅れて知覚反応がでてくることもあることを勉強させていただいた.

(担当:千葉奈保子)

3.片側遊離端欠損をブリッジで対応

 1993年9月初診,52歳の女性.右下の補綴を希望.94年4月,右上7をドナ−歯とし,右下6部に移植した.また,付着歯肉の不足を補うため,7月に口蓋より採取した歯肉のフリーグラフトを行った.95年3月,右下⑥5④のブリッジを装着した.2013年8月,初診終了後18年,経過は順調であったが残念なことに,同年他界された.

 パノラマX線写真およびデンタルX線写真からみても,特に問題は生じていない.

4.移植でやり繰りし、義歯を回避

 2009年2月初診,26歳の女性.主訴は義歯を入れて欲しい.とにかく歯医者嫌いで恐怖心が強い.そうでなければここまで放置しないはずである.幼児期に治療を受けた嫌な思い出がトラウマになって歯医者にかかれない人は結構いると思われる.勇気を振り絞って来院したことをまずは褒め,とにかく信頼関係の構築に主眼を置き,徐々に治療を行っていった.右下の残根を抜歯し,そこに義歯を装着することは簡単だが,右下犬歯にクラスプが見えるのは審美的に耐えられないであろう.それでは,インプラントを用いるかといっても,費用が高く経済的に厳しい.
 そこでまず,10年3月に左上7の残根を抜歯し,口蓋根のみを再植した.つぎに右上7を分割抜歯したところ,3根ともに歯根膜が付着しており,条件が良かった.そこで,それぞれを右下に移植した.なお右下7は,根長が短くさすがに保存できず,この症例で唯一抜歯となった歯である.抜歯後の顎堤が細かったが,3根を一直線に並べることで対応できた.
 残りの治療を行い,初診から3年4ヵ月を費やし,何とか治療を終了することができた.


 初診時と初診終了後約1年のパノラマX線写真の比較(妊娠したため,初診終了時のパノラマX線写真は撮らず).私自身も治療結果には満足している.しかし,問題はその後である.患者さんは最初の1回,リコールに応じたが,その後は一度もリコールに応じてくれない.結婚し,子供が2人出来,仕事も常勤でこなし,とても忙しいとのことである.たまに近所で会うと,私が“一度見せてください” 彼女が“分かりました”とは言うもののもう5年,一度も来院されていない.口の中がどうなっているかとても心配であるが,本人が来てくれない限りどうしようもない.“歯”・“口”・“人”というが,つくづく“人”との関係が一番難しいと痛感する次第である.

5.移植することで片側処理の可撤式ブリッジで対応

 1993年初診,当時49歳女性.2012年11月,左上7の痛みで来院.この歯は,歯根破折していた.なお,左上③456⑦のブリッジは01年に当院で装着した.今考えるとやはり設計に無理がある.多分左上のブリッジ装着後は右側咬みであったと思われる.06年,右下7を歯根破折で失ったあと,左側でも咬むようになりその結果,左上7の歯根破折に繋がったと推測する.
 そこで今回は,通常ならば口蓋を一部覆う両側性設計の遊離端義歯を装着するところであるが,対合歯の存在しない右上7があるため,この歯を左上7部に移植し,片側処理で対応することにした.まずドナー歯である右上7を挺出させ抜歯しやすいように細工したのち,13年2月に移植した.

 左上に,もう一度固定式のブリッジを装着することは可能であるが,前の失敗を反省し,今回は可撤式のブリッジ(コーヌス義歯)を装着した.義歯床が咬合力を負担出来ることの意義は大きい.また,将来移植した歯にトラブルが生じても,可撤性であることから修理が容易であり,また最初から全部を作り直す必要がない等の利点がある.
 下段は,再初診終了3年3ヵ月(2017年5月)の状態であるが,特に問題ない.

 2012年11月再初診時および14年2月再初診終了時のパノラマX線写真の比較.この写真をみると,臼歯部で,歯が咬み合う数は右側の方が多いので,やはり今回も右咬みになり,右側の失活歯の歯根破折に繋がる可能性が高い.患者さんには,右で食事するとき,若い時の80%位の力で咬んでくださいとお願いしているが,なかなか嚙む癖は治らず,また年をとっても咬合力が弱くならないのが現実である.

 2017年11月,恐れていたことが現実となった.右上3に歯根破折が生じたため抜去した.歯根をよく観察すると破折線が根尖まで達していなかったので,再植した.術後3ヵ月,歯の動揺はほとんど認められなかったが,単独植立は無理と判断し,右上2と連結固定した.
 19年9月のリコール時,右上に食渣が詰まるとの訴えがあり,診査すると右上4の近遠心のコンタクトが消失していた.歯が咬合力に負けていることが原因と判断し,右上4および5を連結固定した.
 20年9月,左上3の内冠がコアごと脱離した.左側でも咀嚼するようになったのかと思ったが,右側の上下6に早期接触が認められた.なぜ,早期接触が生じたのか理由はよく分からないが,右側で咬みにくくなったが故に,左側のトラブルが生じたのではないかと想像している.なお口腔内の歯周ポケットは,移植した左上7を除いた,最も深い右上4,5で最大5mmであり,歯周病は特に問題ない.左上7は,18年まで歯周ポケットが最大5mmであったのが19年には最大7mmに悪化していた.排膿等はみられないが,要注意である.
 今後,やはり咀嚼の中心は右側なので,この先も右側に何らかのトラブルが生じるであろう.しかし患者さん本人に,右側で咀嚼するとき,強く咬まない努力をして貰う以外に残念ながらトラブルを防ぐ手立てはないと思われる.逆に言うならば,上下顎に歯があり食感を感じることが人には大変重要であり,義歯,インプラントを考える前に,歯を守ることが一番大切である.

6.転位歯を移植し、可撤式クラウン装着

 2014年6月初診,61歳女性.近隣の耳鼻咽喉科からの紹介で,左上6が原因と思われる歯性上顎洞炎の疑いで来院.取り敢えず4回,感染根管治療を施したが,10mm以上ある歯周ポケットは一向に改善せず,結局抜歯となった.なお,抜歯時に口蓋根の上顎洞穿孔を確認した.
 原因は根尖病巣なので,口腔外で根充し,再植するという治療法も考えられない訳でもないが,歯周ポケットが10mm以上あり,しかも上顎洞に穿孔していたため,無理をしなかった.(私自身は再植を試みたかったが,患者さんの同意を得ることはできなかった.しかし,下記に述べる転位歯がなければ,もっと強く説得したかもしれない.)
 同部の補綴にあたって,左下5にう蝕がみられ,しかも舌側に転位していることから,この歯をドナー歯とし,14年12月に左上6部に移植した.暫く暫間被覆冠で経過をみた後に,15年7月に補綴処置に移行した.

 移植された左上6は単独冠でも機能すると思われたが,若干歯の動揺がみられたことから,左上7にクラスプを付与し,歯の動揺を抑えるような形態とした.また,可撤式にしたことで歯の清掃性が向上することを期待した.

7.移植することで両側に支台歯

 2010年11月初診,66歳女性.上顎は,歯根破折,歯根穿孔,歯肉縁下カリエスが深いが原因で合計5本抜歯することになった.特に右上の犬歯を失うことは,義歯の安定にとって影響が大きい.左側のみの片側支台歯となるので,右側では咬みにくくなること,初めての義歯なので義歯床の異物感および発音障害が生じるであろう等,詳しく,しつこいぐらいに説明しておいた.その後11年1月の正月明けに,抜歯と同時に義歯を装着した.実際に装着して,患者さんの反応は予想どおりに最悪であった.残っている歯の数でなく,歯の配置(両側にあること)が義歯の安定にとって重要である.

 義歯を安定させるためには,右側にも支台歯が必要である.言い換えれば,左側に4本あっても偏在では義歯が安定しにくい.そこで左上5を右側に移植する治療計画をたてた.まずドナー歯を抜きやすくするために,矯正的挺出を行った.右側は,インプラテックス社製 T’sボーンスプレッディングを用いて顎堤の幅を拡大したのち,ドナー歯を90°回転して植立した(2011年11月).さらに,矯正用ミニインプラントを植立し,移植歯の固定を強固にした.

 2013年2月,初診終了時の状態.パノラマX線写真をみて分かるように,歯の上下,左右の配置が良くなっている.こうなれば,自然と義歯の安定は向上する.

 初診時と初診終了時のデンタルX線写真の比較.左下のスライドは2020年1月の状態.19年12月に左下のコーヌス義歯を紛失し,今度は固定式を強く希望したため,内冠はそのままにしてブリッジを装着した.この患者さんは咬合力が強く,とにかく強く咬まないように気を遣ってくださいとお願いしている.右上移植歯は健在である.

8.移植を3本行い、支台歯の配置を改善

 2011年10月初診,76歳女性.10年位前から義歯を使用しておらず,唯一上下咬合している前歯で細々と食事していたが,痛みが生じ,限界に達したため来院.まず,義歯に対する反応をみるために,11月に暫間義歯を装着した.義歯を装着して食事は何とかとれるようになったが,義歯の大きさによる異物感,発音障害等が気になるとのこと.通常,片顎の四隅に歯があれば,義歯を安定させることができる.一歩譲って左右側に歯があれば,何とか義歯を安定させることができる.しかし片側だけでは,いくら歯の数が多くても,反対側の義歯の安定を得ることは難しい.

 そこでまず,対合歯のない右上1,2に矯正的挺出力を加え,抜歯しやすいように細工したのちに,2012年2月に右下の顎堤に移植した.なお,矯正用のミニインプラントを植立し,移植歯の暫間固定を図った.
 12年3月,今度は右上5に矯正的挺出力を加えたのち,4月に左上の顎堤に移植した.なお,受容側である左上の顎堤が狭かったので,顎堤を少し拡大した.さらに,移植歯と左上1とを暫間固定した.

 移植した歯を連結固定するために,コーヌス義歯による2次固定効果を期待した.義歯の安定は十分であり,装着感も著しく向上した.

 初診時および初診終了時のパノラマX線写真の比較.歯の垂直・水平的配置は,初診終了後のほうが遥かに良い.ここで,インプラントを用いるほうがよいという意見もあると思う.それも一理であるし,否定もしない.しかし,移植でも対応可能であれば,移植の方が好ましいと考えている.

 初診終了後の経過を示す.まず,2015年12月,右下4の移植歯が自然脱落してしまった.この歯は,初診終了時から歯の動揺がみられた.移植の手技が稚拙であったと言わざるを得ない.
 つぎに,17年10月,左上1の内冠が歯冠破折し,コアごと脱離した.歯肉縁上歯質がないため,軸面のある内冠を再製作するのは難しい.そこで,支台歯に加わる側方力を少しでも少なくするために,根面アタッチメント(OPA)を装着した.なお,外冠をこのまま再利用できるというのも大きな利点であると同時に,根面アタッチメント周囲を開放できるのも大変好ましい.
 18年12月,今度は左上3(移植歯)の動揺が著しくなり,抜歯となってしまった.左上3の歯周ポケットは,移植後は3mm以下で,この状態が12年から15年まで続いた.15年7月に最大5mmになり,18年12月に最大7mmに達した.支台歯の清掃は十分に行われていることから,抜歯の原因は,咬合力に耐えられなかったからと推測される.
 20年7月現在,口腔内はとりあえず安定している.それにしても,移植した3本中,2本が抜歯となってしまったことについては,力に負けてしまったことが一番の要因と思われる.また,如何せん移植歯の歯根が短いことも影響しているように思われる.もっと歯根を深く埋入させるべきであったと反省する次第である.

9.歯の移植全症例の提示