7.コーヌス義歯の無惨な経過

 2007年12月初診、67歳男性。義歯が合わないとのことで来院。右側の小臼歯部のみに咬合支持があり、全体に歯周病が進行していた。著しく歯の動揺が大きい右上7および左下8は保存不可能であった。まず義歯の調整、つぎにプラーク・コントロールの徹底と歯周基本治療に専念した。患者さんはとても穏やかな人で、治療にも大変協力的で歯周ポケットは改善傾向を示した。

  先に上顎のコーヌス義歯を製作した。つぎに下顎の義歯に取りかかったが、左下に歯がないためどうしても右咬みになっているのを何とか改善したいと考えた。最初左下にインプラントを1本植立したが、私の手技の稚拙のため生着しなかった。そこで、右下には歯が5本あることから、対合歯がなく、また抜歯しやすい小臼歯の右下4をドナー歯に選定し、2009年6月、左側に移植した。
 下に示すスライドは、10年1月初診終了時の状態である。歯周ポケットは右下6を除いて3mm以下に改善した。

 初診終了、義歯装着時の状態。コーヌス義歯は装着感が良く、とても噛める義歯である。しかし歯科医側からみると、逆に噛み過ぎが心配な義歯でもある。患者さんは愛着を込めて、ベンツのような義歯だとおっしゃっていた。

 コーヌス義歯は順調に推移していたが、2014年頃から異変が生じた。下顎義歯の取り外しがきつくなったため、1ヵ月間、下顎義歯を外さなかったとのことであった。その時はひょっとしてアルツハイマー病の初期ではないかと疑ったが、どうすることもできずそのままになってしまった。その後、症状は経過観察のたびに進行していった。16年になると、奥様に付き添われて来院するようになったが、プラーク・コントロールもどんどん悪化していった。もうセルフ・コントロールは無理であったため、奥様にブラッシングしていただくようにお願いした。しかし、2016年7月、奥様も疲労困憊といった具合で、下の世話もあり、とても口の中の清掃までは無理と宣告されてしまった。患者さんは遠方からの通院であり、近くでクリーニングをしてくれる歯科医あるいは在宅介護を利用してもらう方が好ましいと考え、そのように説明した。もちろん義歯に関しては私が責任もつと伝えたが、その後連絡はない。患者さんも奥様も本当に良い人で、こちらは何もしてあげられないことに困惑を感じざるを得ない。もう一度、患者さんにお目にかかりたい。

 各ステージのパノラマX線写真の比較。移植した左下の歯は、若干歯の動揺が認められるものの歯周ポケットは3mm以下であった。移植したことにより、上下、左右の歯の配置が良くなったことが分かる。