上顎犬歯の保存とコーヌス義歯

 2015年5月初診の66歳女性。主訴は、上顎左側前歯が外れそう。デンタルX線写真からみてとれるように左上1,2,3は連結冠であり、左上3の歯根破折および左上2,3は歯肉縁下深くまでカリエスが進行していた。連結冠はかろうじて左上1のみで支えられていた。右下にパーシャルデンチャーが装着されているが、維持・安定は悪かった。患者さんは、上下に歯がある右の奥歯で主に咀嚼していたが、右下7が痛くなったので、つい左で咀嚼するようになった。すると直ぐに左上3の歯根破折が生じ、つぎに梃子作用により左上2のセメントアウト、カリエスに繋がったと推測できる。なお上顎には、義歯が装着されていなかった。

 上顎左側前歯が何時外れてもよいように、早急に上顎に暫間義歯を装着した。(2015年6月) 上顎は初めての義歯であるため、口蓋部の義歯床の異物感、発音がしにくい等色々な不満点がでることをあらかじめよく説明しておいた。取り敢えず上顎が落ち着いたところで、右下8を抜歯し、左下のブリッジを切断、除去したのち、下顎にも暫間義歯を装着した。(2015年8月)なお、義歯装着直後にクラスプを架けた右下4の冠が外れてしまった。

 上顎犬歯が左右側にあるか否かが義歯の安定性に大きな影響を及ぼすことは自明の理である。左上3は歯根破折しているが、根尖に近い側には歯根膜が健在であることから、うまく生着すれば少なくとも同部の顎堤保存に役立つと思い、再植を行った。左上2も同時に再植しようと試みたが、このまま突き進めれば歯根破折が生じると思い、中止した。左上3が落ち着いたところで、挺出力をかけ、歯の動揺が生じたところで再植した。最終補綴物は、左上2は根面板、左上3は磁性アタッチメントをそれぞれ装着した。

 ここで右下1について触れておく。まず通常の感染根管処置を施したが、治癒せずフィステルが再出現した。歯根端切除手術を行うか迷ったが、今回はここも挺出力をかけ、歯の動揺が生じたうえで再植した。根尖付近に人工的穿孔が認められ、スーパーボンドにて封鎖した。1年3ヵ月経過をみたうえで、メタルボンド冠を装着した。患者さんには、ここでは硬食品を咬まないでくださいとお願いしている。

 2017年7月、最終補綴物であるコーヌス義歯を装着した。スライドは、内冠装着時。歯周ポケットは、すべて3mm以下である。下顎右奥の顎堤が窪み状に吸収してしまっている。これは、右下8の抜歯時期が遅かったことに起因するが、どうしても保存できない歯は、可及的速やかに抜歯すべきである。

 コーヌス義歯装着時の状態。上顎は口蓋を抜いているので装着感がよく、発音障害もでない。下顎も大連結装置(リンガルバー)を省いたため、装着感が向上した。左下8に当初クラスプを付与したが、上顎の義歯床とクラスプとで頬を咬んでしまうので、仕方なく除去した。治療費用を抑えるためにクラウンを装着し、クラスプを使用したが、ここも最初からコーヌス冠を用いれば良かった。

 初診時と初診終了時におけるパノラマX線写真の比較。やはりこの症例では、左上3の保存ができたことの意味が大きいと思われる。抜歯したのは右下8のみであるが、同部の骨の吸収が認められる。